2023.05.30

死者・行方不明1359人 「関東大水害」から学ぶ
「荒川放水路」整備の契機

◆横浜の学芸員ら出版

 横浜都市発展記念館(横浜市中区)の吉田律人主任調査研究員らで構成する研究会は、全国で千三百五十九人もの死者・行方不明者が発生し、人工河川「荒川放水路」(現在の荒川下流部)が整備される契機となった一九一〇(明治四十三)年の大水害についてまとめた本「関東大水害」(日本経済評論社)を出版した。全国で水害を含む災害史の研究が進むきっかけにしたいという。(志村彰太)

◆1910年発生

 この水害は、同年八月上旬に梅雨前線と二つの台風が重なったことで発生。利根川、荒川、多摩川水系で堤防決壊が相次ぎ、山梨県の面積に相当する広さが浸水し、五十万戸を超える家屋が浸水したとされる。横浜地方気象台のまとめによると、県内では三十七人が死亡、二人が行方不明となり、十九人が負傷。家屋百三十九戸が全半壊し、床上浸水三千五百五十七戸、床下浸水一万四百八十六戸などの被害があった。

 吉田さんによると、東京と水系が異なる神奈川は、全体として被害は少なかったという。それでもこの水害に着目したのは「二三(大正十二)年の関東大震災が注目され、大水害を体系的にまとめる動きは少なかったが、災害対策は連続的に変化しており、大水害の経過を見なければ大震災の対応も十分に検証できない」と考えたためだ。

◆「災害史研究が進むきっかけに」

 関心を抱いたのは二十年ほど前にさかのぼる。旧日本軍の研究で当時の新聞を読んだ際、軍が水害で救助活動に当たったとの記事に目がとまり、「被害は大きいのにあまり知られていない」と感じた。二〇一一年の東日本大震災後、災害史研究の重要性が認識され、具体的に動き出した。

 所属する学会で、災害史を専門とする土田宏成・聖心女子大教授を代表とする研究会を一六年に発足。土田さんと吉田さん、横浜開港資料館(横浜市中区)の西村健(たける)主任調査研究員の編著者三人を含む計十人が執筆に当たり、コロナ禍による調査活動の停滞に見舞われながらも、今年二月に出版にこぎ着けた。

 吉田さんは旧海軍による救援活動に迫った二章と、新聞「横浜貿易新報」(神奈川新聞の前身)から県内の被害状況を探った七章、全体をまとめた終章を担当。西村さんは、行政と民間による被災者救援活動を記載した一章を執筆した。

 吉田さんによると、旧海軍の災害救助事例は少なく、今回の書籍では新聞の社説などによる批判を受けて「異例の出動」をした可能性に触れている。また、「新聞記者による災害状況のルポは当時の現場を知る上で重要だ」と指摘する。西村さんは「当時の報道では行政の初動が遅いと批判されていた。実際の動きを知るため、行政側の資料からひもといた」と語る。

 本は三百三十六ページ、五千七百円(税抜き)。インターネット通販などで購入できる。

2023年5月10日 東京新聞朝刊

https://www.tokyo-np.co.jp/article/248986