2025.02.19
「生きづらさ」の正体って?
中島岳志さんと学生が考えた
「自己責任論」が当たり前の社会の処方箋とは
なぜ今、「生きづらさ」を感じる人が目立つのか。東京科学大の中島岳志教授(政治学)は1990年代にルーツがあると読み解く。書籍「完全自殺マニュアル」(鶴見済著)が社会現象となり、地下鉄サリン事件が起きた時代だ。中島さんと大学生たちがイベントで語り合い、生きづらさの正体と処方箋を考えた。
◆ルーツは90年代
イベントは本紙の学生向けサイト「STAND UP STUDENTS(スタンドアップステューデンツ)」が1月29日、渋谷で開いた「〇〇(まるまる)ゼミ」。一方的に教わるのではなく交流しながら多角的に学ぶ企画で、今回の講師役の中島さんが大学生13人に「生きづらさ」についての考えを語り、意見を交わした。
中島さんは、90年代は右肩上がりの経済成長が終わり、人々が夢や理想を追いづらくなり、「終わりなき日常が永遠に続いていく」時代になったと解説。生きる実感を抱きづらくなり、「完全自殺マニュアル」やリストカットなど、死に近づくことで生を感じる現象が登場したと紹介した。
そして95年。壊れるとは思われていなかった高速道路が阪神淡路大震災で倒れた。無差別テロとは縁遠かった日本で、地下鉄サリン事件が起きた。「これまでとは違う時代に生きないといけないんじゃないか」と人々が気づいたと捉える。
2000年代には小泉政権が誕生し、日本人3人が誘拐された「イラク人質事件」で「自己責任論」が広まった。中島さんは、日本が「小さすぎる政府」になったとし、若者らの心理を「『失敗しても助けてくれないかもしれない。サバイバルしないといけない』という思いが強い」と見る。
◆異なる意見に耳を
社会を変えるより、インターネット掲示板「2ちゃんねる」創設者のひろゆき(西村博之)氏が伝える「サバイバル社会をうまく生きていく方法」が広がり、「自己責任論が当たり前になっている」と読み解く。
そう語ると、中島さんは、ひろゆき氏とは別の処方箋を学生たちに提案した。「目的への最短の道を求めるんじゃなく、来たバスに乗る」。全て自己責任だと思わず、周囲に流されることも受け入れる生き方だ。
往年のヒット曲「愛して愛して愛しちゃったのよ」のように、相手の影響で「どうしてもそうなっちゃったという方が、本当の愛っぽい」。ひろゆき氏をきっかけに広まった、相手を言い負かす「論破」も引き合いに「議論は論破の逆。相手の言うことで『なるほど』と自分が変わる勇気がないとできない」と語った。
中島さんの提案に対し、参加した学生からは「今の資本主義的な社会に生きる全ての人がそういう思想を持つのは難しい」という発言もあった。中島さんは、「全ての人が同じ思想を持つことはない」「自分も間違えるかもしれないから異なる 意見に耳を傾けて、その結果、『なるほど』となる」と説明した。
慶応大4年の石岡祐太郎さん(23)は、交流サイト(SNS)で他者への厳しい批判が飛び交い「寛容がない」ことと、「『みんな違って、みんな良い』『人は人、自分は自分』みたいな考えが強い」ことがつながっていると捉え、価値観の変え方を尋ねた。
中島さんは「『みんな違って、みんな良い』は半分しか言えていないんじゃないか。『いろんな考え方があっていい』の先に、共有できる価値があると思う」と応じ、分かり合えるポイントを探りながら対話する大切さを語った。
2025年2月11日 東京新聞朝刊
https://www.tokyo-np.co.jp/article/384898